抗ガン剤の発見

 抗ガン剤とは読んで字のごとく、ガン細胞に抗う薬剤です。ではガン細胞とは何かというと、元々は自分の体の中にあった細胞が、何らかの刺激を受けて勝手に増殖する性質を獲得した細胞であるといえます。

 従って抗ガン剤は、この勝手に増殖する性質を獲得したと思われる細胞を、薬自身が判別し、攻撃できれば理想的な薬になります。(分子標的薬に近い考えです)

 しかし薬は要するに化学変化を利用しているだけですから、ある薬が目の前に出現した細胞をガン細胞であるかどうかを判別するのは至難の技であると思います。

 従って抗ガン剤はガン細胞を破壊すると共に、正常細胞に大きな影響を与えます。これを一般的には副作用(副反応)という言い方をしますが、抗ガン剤の場合は風邪薬等で「服用すると眠くなります」、といったような副作用とは大きく異なり、場合によっては命に関わるような副作用を生じるというのが大きな違いです。

 どうしてそのような激しい副作用を持つ薬が抗ガン剤として認められているのか。まさに毒をもって毒を制するということを目的にして生産されているわけですが、その歴史は第一次世界大戦の、いわゆる毒ガス兵器から始まっていました。

 最初の抗ガン剤は1940年代に、第1次世界大戦で使われた毒ガスを応用して作られました。名前を「ナイトロジェンマスタード」と言います。

 ナイトロジェンは窒素のことで、マスタードはマスタードガスを表します。ナイトロジェンマスタードではない、単なるマスタードガスは本来無臭のようですが、若干の不純物を含むと洋カラシまたはニンニクのような臭いを発するため、これが名前の由来になっています。化学式はC4H8Cl2Sと書きます。

 私はこのマスタードガスの名前は知っていましたが、実戦では風向き次第で自軍の兵士も影響を受けるため使用されなかったと記憶していたのですが、実は化学兵器として実戦に利用され、多数の方が亡くなっています。

 どのような効力を持った兵器だったかというと、人間のタンパク質に作用し皮膚をただれさせ、細胞のDNAに対しては遺伝子を傷つけたりする作用があるということです。

 この遺伝子を傷つけると言う作用に注目して、化学兵器ではなく抗ガン剤として使われたのが最初に書いたナイトロジェンマスタードですが、これはマスタードガス分子の中央にある硫黄原子を窒素に置き換えたもので、ウィキペディアによるとその構造は三種類に分かれるようです。(窒素を英語でナイトロジェンと言います)

 ただし当初は薬物ではなく、やはり化学兵器として開発されました。理由は、マスタードガスと違い臭いがなかった事にあるようですが、毒性はマスタードに比べると少し劣っていたと言うことも逆に扱いやすい理由だったのかもしれません。

 このガスは、どうやら実戦に利用される直前までいったようですが、このガスの輸送船が沈没。救助された兵士がガスに被ばく。その治療過程で細胞が突然変異を起こしたり白血球が減少したりすることが分かり、悪性リンパ腫への治療が試みられたようです。

 つまり一般に言う抗ガン剤は、最初は一般のガンを対象にしたものではなく、白血病や悪性リンパ腫を対象にしたもので、それがどんどん応用されて今の抗ガン剤になったと言うことです。


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