最後まで回復を信じて 

 病室に戻る途中主治医を見かけたので、状況をたずねる。

 「今日も血液検査を行いました。(本人はやっていないと言っていたので、意識がなかったのだろう)クレアチニン、ALP、γGTPが上昇しているため、腎臓、肝臓が弱っていることが確認できました」

 「アルブミンの数値も悪く、全身が衰弱しています。腎臓や肝臓が持ちこたえても、今後は心臓も心配になってきます。余命としてはあと数日です」(私から教えてくださいと聞いた)

 親戚に知らせる時期だろうかという問いかけに、

 「そのほうが良いと思います」

という返答であった。万が一の場合の処置はどのように行われるのかという問いには、

 「霊安室はありますが、長く安置しておくことはできないので、早急に引き取ってもらわなければなりません」

という冷たい言葉だが、病院は治療するところなのでやむを得ないのかもしれない。

 すぐに、私の母親に電話をして、親戚に連絡するよう伝え、病室に戻る。お母さんが心配そうに見守ってくれている。妹さんは、本人が食べられそうなものを買いに行ってくれた。Yは時折目を開けるが、すぐに寝込んでしまう。

 12時半、妹さんが戻りハーゲンダッツを食べさせる。「おいしい」と言いながら食べるがふた口が限度。食べるときは酸素吸入をはずさなくてはならないので、すぐに88まで低下。それでも水を飲み、再び横になる。

 35分、93まで回復。「テレビを見たい」と言いはる。何か音がないと嫌らしい。薄目を開けて見たり聞いたりしているが、内容を理解しているようには見えない。

 45分、体温測定37度。熱が上がってこない。良い兆候だと思いたいが、実は熱を出す体力もなくなっている。妹さんたちは、他の用事でいったん帰宅することになった。

 1時過ぎ、突然起きて料理番組を見たいと言い出す。料理や食べることへの執念を感じる。食べたいのに食べられないという治療は残酷だ。本人が料理や食べ物を好きなだけに、残念な治療方法だった。

 酸素測定器も常時つけておく必要はないということではずされる。身軽になったが、数値が分からない不安もある。もはや経過観察をする必要もなくなりつつあるということだろう。

 しかし本人は姿勢が楽になり、うとうとし始める。テレビを消しても寝ている。静かな病室内で手を握り締め続ける。

 2時40分、再び突然起き出し、喉が渇いたといってミルクティーを飲む。足がだるいようなので、軽くマッサージ。「気持ちが良い」と言ってくれたのでうれしくなる。3時、酸素93。酸素吸入の濃度はほぼ最高値。これ以上は上げられない。

 上半身だけ斜めに傾けたベッドから、体がすぐずり下がる。姿勢を維持する体力もなくなりつつある。体が少し熱くなってきた

 。熱が出る兆候かもしれないが、あと少しでおなじみのサクシゾンと血小板輸血。現状を見る限り、悪いながらも安定しているように見え、また夕方からは妹さんが再度来てくれるということなので、いったん帰宅することにした。

 看護士さんが来て、さりげなく「泊まりますか?」と聞いてくれたが、「子供がいるので」と断った。妹さんには泊まることができることをメールで連絡した。

 4時、最後に挨拶。「Y、愛しているよ。愛しているよ」の声がけに「大丈夫、大丈夫」と気丈に返事をしてくれた。

 実際このときのYの気持ちは、まだまだ大丈夫という意識があったのだろう。再び熱くなる目頭をぬぐい、後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、静かに病室を出た。


トップぺージに戻る 第10章 願わくば  静かに逝く