最近の心境(2010.2)

この1年の経過

 早いものでもうすぐ一周忌を迎えようとしています。このサイトをまとめた当時は、毎日のように文章を校正し、どうやれば分かりやすく病状を伝えられるか模索しながらまとめていました。

 書くことによって寂しさを紛らわせていたと思います。一方文章の校正をするたびに当時のことを思い出し、校正しながら自然に涙があふれてくるのをこらえることが出来ませんでした。

 そうゆう背景があったため、webページとしてアップロードしてからは、ほとんどほったらかし状態でした。書いている内はまだ気持ちが紛れましたが、読み出すと気持ちが沈みます。

 一方父子家庭生活は、たとえ子供が一人であってもそれなりに忙しく、毎日が飛ぶように過ぎ、ふとカレンダーを見るともう後少しで一周忌です。(命日は2月の終わりです)

 相変わらず折に触れて寂しさは感じるものの、気持ちの上では多少なりとも余裕が出てきたように思います。また親一人、子一人の父子家庭生活にも徐々に慣れてきました。

 そんなわけでその後の我が家の状況と私の気持ちを少しずつまとめていこうと思い、これを書き始めました。


後悔と自責
 

 とはいうものの、治療過程を思い出すと、私は本当に誠心誠意妻を看病することが出来たのか、妻の要求に応えていたのか、という部分でどうしても後悔と自責の念を覚えてしまいます。

 まったくの健康体であった妻が、突然の命に関わるような病気の宣告。心中いかばかりだったか、察しようにも当初は入院や新しい治療方法の対応に追われ、満足に夫婦間で会話をすることもなく日々が過ぎていったように思います。

 もっともっと何か出来ることがあったのではないか、して欲しいことがあったのではないかと今でも考えてしまいますが、すでに本人がいない以上、実際はどうだったのか確かめる術もありません。

 また再発後の治療で、もし4クールでやめていれば、たとえさらに悪性リンパ腫が再発したにせよ、白血病にはならずに、もう少し長く生きていられたのではないか、という気もしています。

 あのとき、どうしてもっと強く医者に疑念を訴えなかったのか、素人と専門家の判断という違いはあっても、病気を抱えているのは医者ではなく患者本人であり、またそれを支えるのが家族だったのではないかと、いまだに気持ちが収まっていません。

 しかしいつまでもいつまでも後悔と自責の念を持っていては、生活や自分自身の精神も破綻してしまいます。どこかで現実的には割り切らないといけないんだろうなあ、と思いつつ、そう感じる打算的な自分にまた嫌気が差します。

 世の中には病気以外でも交通事故や災害により突然命を奪われる方が本当にたくさんいます。残された人たちの悲しみはいかばかりか、改めて自分自身の心境と照らし合わせて推察しています。

 と同時に、残された以上、少しでも長く生きてがんばらないと妻に申し訳ないという気持ちも出てきました。自分自身が精神的にも肉体的にも健康であることが、お金には換えがたい資産であることを再認識しています。


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