ガン細胞は
なぜ解糖系を利用するのか

 前ページからの続きですが、ではなぜガン細胞がわざわざ効率の悪い解糖系という反応を利用しているのかが気になります。つまりクエン酸回路や水素伝達系という回路を使うと、ガン細胞の増殖にとって何か都合の悪いことがあるのか、ということです。

 前ページで比較したように、エネルギー的に見ると、ガン細胞が細胞分裂をするためには通常の細胞より少ないエネルギーでやりくりをしなくてはいけないのですから、1回の細胞分裂に要する時間は、もしかしたら正常細胞より長い時間が必要なのかもしれません。

 以前リンパ腫細胞の増殖周期を10日程度と考えると、連れの悪性リンパ腫の症状の悪化とほぼ同等になる、というような計算を行いました。

 このとき1回の増殖に要する期間がやけに長いように感じたのですが、増殖が解糖系のエネルギーだけで行われていると考えると、なんとなく辻褄が合うような気もします。

 だとすると、ガン細胞が正常細胞よりも増殖の度合いが大きいという説明をよく聞きますが、実際には時間的にその増殖速度が速いわけではなく、むしろにはガン細胞には細胞死(アポトーシス)という現象が起きないから、正常細胞より結果的に増えてしまう、ということになりそうです。

 つまりガン細胞は細胞周期の速さより、細胞死が起きないことを重視して、増殖を行っていると言うことです。

 そしてこの「細胞死が起きないようにする」ために、あえて解糖系を使い、クエン酸回路や電子伝達系の反応が起きないように抑制していると考えることが出来ます。

 (電子伝達系という言葉を以前は水素伝達系と書いていました。私が受けた授業では水素伝達系と教えられたのですが、最近は電子伝達系に統一されたようです)

 ということは、さらに論理を勧めると、このクエン酸回路や、水素伝達系の反応の中に、細胞死を誘発するようなメカニズムが隠れているのではないか、という疑いを持つことが出来ます。

 逆に言うと、抑制されたこのクエン酸回路や電子伝達系の反応を活性化する方法があれば、ガン細胞にも細胞死(アポトーシス)が引き起こされ、ガンが自然消滅する可能性があるということです。

 ではこのクエン酸回路や電子伝達系のどこにそのようなメカニズムが存在しているのか?ここからが難しいですね。そもそもクエン酸回路や電子伝達系と簡単に書いても、その反応の実態はひじょうに複雑で、高校の生物の領域から明らかにはみ出しています。

 私の知識も正直なところ、論理的にこの辺りまで推論するのが限界ですが、それでもあえて追究すると、そもそもミトコンドリアが行っているこの二つの化学反応(実際にはそれぞれの反応の中に多数の化学反応が含まれています)の中で、後半の電子伝達系にどうやら細胞死(アポトーシス)が関係していることが分かってきました。

 ではこの電子伝達系の特徴はどうゆうものかというと、最も分かりやすいのは、この反応回路で我々が普段から呼吸している酸素が使われ、大きなエネルギーを生み出しているということです。

 算出されるエネルギーを比較すると、解糖系:クエン酸回路:電子伝達系=1:1:17となっています。

 前回ミトコンドリアの内外でエネルギー産生を比較しましたが、この時は1:18となっていました。この18を更に分けると、酸素を必要としない(水が必要ですが)クエン酸回路で1、電子伝達系で17ということになります。

 そしてガン細胞の立場からすると、どうやらこの電子伝達系の回路に動いてもらっては困る、ということのようです。ではなぜ動いてもらっては困るのか、ということを次のページ以降で考えます。
 


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