化学療法開始

 6月24日(日)、転院7日目。仕事は休みだが、あれこれ考えることが多く、またもや早朝4時に目が覚める。あまりすっきりしない。この調子ではこちらが倒れてしまう。
 
 朝食後くつろいでいると主治医から自宅に直接電話。「緊急事態か」と緊張しながら電話に出てみると、

 「再びカルシウム値が上がり始めました。これ以上待っていると、さらに体調が悪くなる恐れがあるので、今日から抗がん剤を投与します」

という、丁寧ながら断固とした口調の連絡だった。体力回復と病気の勢いが拮抗する中で、予定より一日早く抗がん剤投与が始まることになった。

 しかし、「すぐに病院に来る必要はありません」ということだったので、家事をすまし、昼過ぎ病院へ向かった。

 病室に入ると、酸素マスクをつけ、やたら咳き込んでいるYの姿が飛び込んできた。これは大変な勢いで病気が悪化したかと焦るが、Yに聞いてみると、酸素吸入の勢いが強すぎて、喉が刺激され咳が出ている、とのことだった。

 意識はしっかりしている。そこで看護士さんに事情を話したところ、鼻からの吸入に換えてくれることになった。それ以後、少しずつ咳が収まった。

 カルシウム値が高いせいか、少しボーっとしている。すでに抗がん剤の投与は始まっていたが、顕著な副作用はまだ出ていない。

 最初に制吐剤、続いてステロイド剤のプレドニン、抗がん剤のアドリアシン、オンコビン、エンドキサンと続く。典型的なCHOP療法だ。血圧は正常だ。

 朝、電話をくれた主治医が来室し、状況を説明してくれる。「少しばかりリンパ腫の勢いが増してきたようなので、ちょっと予定を早めて抗がん剤を使っています。

 今はおしっこがちゃんと出ていますが、薬の影響で出なくなることもあります。そのときのために透析の用意もすでにしてあります」

 抗がん剤の使い方についても、「最初にリンパ腫細胞をガツンとたたいて、その後再発防止をしていくのが理想的な対処の仕方です」と説明があった。当時は、「まあそんなもんかな」という印象だった。

 しかし、病気の治療が長期にわたる中で、私自身がYの症状を観察し、インターネットで悪性リンパ腫について調べることにより、たしかに一回目の治療効果が一番大きいということが分かってきた。

 Yの病室は、病院側の配慮で入院時から個室でドアもきちんとしまるタイプだが、このときはドアも開けっ放しで、5分おきぐらいに看護士さんが様子を見に来ていた。患者にとっては心強い対応だが、緊迫した雰囲気を感じる。

 病室では前記の内容での説明だったが、その後Yのいない場所で、抗がん剤投与後のことも含めて、以下のような詳しい話をしてくれた。

 「腎臓の数値は改善傾向ですが、リンパ腫の勢いが増してきました。抗がん剤投与が終了した時点で、高カルシウム症を抑える薬を点滴する予定です。現在カルシウム値が高くなっているので、少しぼーっとしています」

 「今後リンパ腫細胞が壊れるとき、腎不全が起きる場合があります。その場合は透析を行います。また副作用で呼吸困難に陥る患者もいます。その場合は気道確保のために気管切開を行う場合もあります」

 「もし抗がん剤の効果があれば、肺の影が薄くなり、カルシウム値も下がり、御本人は楽になるはずです。抗がん剤は今日だけですが、今後4日間ステロイド剤を処方します」ということだった。

 腫瘍細胞崩壊、気管切開、透析という物騒な言葉が並び、「そこまでしないと病気が治らないのか」という暗い気持ちになり、気力が萎えるのを感じる。

 主治医としては、万が一のリスクを予想しての説明だろうが、聞いているほうは今にもそのような副作用が起きるような気がしてくるからたまらない。

 本来なら、このCHOP療法は同じ事を三週間ずつ最長八回繰り返すようだが(一つの繰り返しをクールという)、Yの場合はかなり病状が重いので、とりあえずこれで症状が改善するかどうかを確かめるらしい。

 この頃は病気の状態や悪性度、化学療法の詳細に付いてほとんど知識が無かったため、主治医からの説明に、「ふんふん」とうなづくだけであった。今改めて当時の状況を振り返ってみると、命に関わる危険な状態だったことは間違いなさそうだ。

 ところがY本人は幸か不幸か、当時の危険な状況をほとんど認識していない。カルシウム異常で少しばかり意識が混濁していたのと、病名そのものが、あまり一般的ではなかったからだう。

 初めての抗がん剤が終了するころ、咳はほとんど収まっていた。しかしうとうとして寝込むと咳き込んでしまう。何回か咳き込んだ後、楽になってきたらしく寝入ってしまった。

 熱も36.8度に下がった。夜は24時間監視体制で見守られているという話を確認して帰宅。いつもなら一杯飲んで寝るのだが、どんな副作用が出るか分からないと言われていたので、夜中に電話があっても、すぐに駆けつけられるように断酒。枕もとに携帯電話を置いて寝る。幸いなことに何も起きなかった。


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