白血病 

 この話を聞いて、改めて血液検査結果を見直してみると、最初に芽球の数値が表れているのは3クールを終了してから17日後である。3という数値が出ている。

 さらに3日後は8にあがっているが、その後は出ていない。血球回復過程では、多少芽球が血液中に表れることもあるが、通常はこのようにすぐ消えてしまう。

 次に表れたのは4クールが終わって14日後、1という数値があり、その3日後はやはり8に増えたものの、その後は消えている。

 この時期にこの数値にもう少し注意を払っていれば、もしくは主治医がこの数値の見方を詳しく教えていくれていれば、4クールで中断する決心が出来たかもしれない。

 しかし実際にはそれ以上増えることなく消えているので、まあ大丈夫だろう、という判断をしていたかもしれない。

 中断を決断するポイントとして重要なのは5クール終了後だろう。9日後いきなり10という数値が出る。しかもこのときはその後10日間前後にわたり3から18の値が記録されている。

 この時点で明らかに白血病の兆候があったと思われるが、この点について主治医からのコメントは何もなかった。私も妙に未熟な血球が増えているなとは思ったものの、それが白血病につながる数値であるとは認識していなかった。

 主治医側としては、あと1回だけだからこの数値であっても乗り切れるだろうという、予想があったのかもしれない。

 しかし治療を始めてみると、予想以上にすべての血球数が下降したのか、それとも5クール後のあまりに異常な芽球の増え方に、今更ながら注目が集まったのか、どちらかの判断により6クール目の途中で中断となったのだろう。

 もちろん5クールで中断してしまえば、白血病のリスクは減るが、今度はリンパ腫の再発リスクが高まるはずだから、結局どちらがよいのかは、神のみぞ知るとしか言いようがない。

 1月10日(土)、再び退院。しかし今回は素直に喜べない。先の見通しは暗い予感がする。退院時にYのいないところで主治医と話す。万が一のことも予想せざるを得ない状況になってきたと感じている。

 「現在蕁麻疹が出ていますが、これは新しく処方した抗生物質の影響と考えられます。今は投薬を控えて、抗アレルギー剤と塗り薬で対処しています」

 「次の外来は1週間後になります。その際採血が行われ、輸血用血液とマッチングをするので朝10時に採血しても、輸血開始は昼ごろになります。また血小板と赤血球の輸血は半日かかるので、帰りは夕方となることを了解してください」

 1日がかりの外来通院だ。

 「ノイトロジンを停止した状態で胸骨のマルクを行いましたが、やはり芽球が異常に多く見られました。通常数%しかないはずですが、30%以上あり、これは分類上白血病となります」

 やはりそうか、だから昨年秋に治療を中断すれば・・・と再び過去への恨み節に戻るが、中断した結果悪性リンパ腫が再発する可能性もあることを忘れてはいけない。

 「対策として、これまで充分化学療法をやってきましたので、現状ではこれ以上同じような治療は続けられません。普通ならキロサイド等を使用します」

 打つ手がない、と言われているように感じた。

 「今後染色体の判別を実施し、熱が出ないうちは輸血により経過観察を行いながら、その間に移植の準備をしていきます」

 そこまでがんばって移植が成功したとして、本当に治るのですか、とこれまでの治療の経過も考えながら、率直に疑問をぶつけると

 「移植で完全に直るのは3割程度です。7割は再発します。また体力低下による合併症や感染症の影響で命を失う人もいます」

 「しかし現状から考えて、単純な輸血だけでは命が持たないのは明白です。現在白血球も少なく、他の血球も少ないので、ひじょうに不安定です。従っていつ急激な体調変化が起きてもおかしくありません。特に38度以上の発熱には注意してください」

 どう転んでも先行きが厳しいことがはっきりしてきた。あっちの治療をすればこっちが悪くなり、こっちを直せばさらに違う場所が悪くなる、というもぐらたたきのような展開になってきた。最悪である。

 病室に行き、主治医の話を無理のない範囲で本人に伝えた。「移植さえ無事に済めば健康を取り戻せる」と明るく伝えたつもりだが、心の奥底の不安は読み取られてしまったかもしれない。しかしYは文句も愚痴も言わず、素直に話を聞いてくれた。

 実家への帰り道、車を運転しながら「本当のところ、これからいったいどうなるのだろう」という不安が頭をもたげ、いたたまれない気持ちになる。横に座っているYも口数が少ない。


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